71年

本日の記事は幾らか不愉快な表現を含みますので理解してから見やがれください













71年前の1943年10月21日




日本は戦争の真っただ中。悪化する戦況に、遂に兵だけでなく大学生を戦線に投入します。国を挙げての戦争です



これが有名な『学徒出陣』です。その後も何回か出陣学徒の壮行会があったのですが、初回の10月21日のが有名ですね。その日は雨だったそうですが、今年は晴れています




つべに文部省の作った映画が落ちているので、それを見ると良いでしょう。分列行進曲がやはり素晴らしい。戸山学校の演奏する分列行進曲が一番かっこいいですね




まぁ、それはさておき、映像では雨の降る中、鼎と歳の変わらぬ学生が隊列を組んで行進するんですね



どこぞの左巻きの方々や某自治会の学生は、それはもうアレルギーかってくらいの脊髄反射で「なんて悲壮感にあふれている顔なんだ。国に死ぬことを強制されてこの子たちはとても可哀そうだ。大学生を殺すから日本の国は発展が遅れたんだ」的なことをつらつらと仰りますが……



とりあえず、事実関係を確認してから発作を起こして欲しいです。さもなくばアナフィラキシー起こしてどうぞ、という感じです



学徒出陣で出陣したのは、ぶっちゃけ殆どが日本の発展には関係ないであろう文系の学生なんですね。幾ら切羽詰まっていても、流石に理系の学生を浪費するようなことはしなかったようです


なんか現代の自分たちの価値観で「可哀そうだ」なんて言っている人も、少し考えてみて欲しいです。それは、あなたが『戦争はいけないこと。戦争は可哀そうなこと』というのを日常から言われ続けて成長したから、そう思うだけではないのですか?


「国に報じて国の為に死ね。それが名誉である」


そう教えられてきた彼らに、あなたのクソのような、説得力の欠片もないまるで紙切れのような偽善を押し付けるというのですか? 当時と今の価値観の違いを言うのを理解しやがれです


勿論、彼らの仲にも「学生の俺らを戦争に向かわせるとは、どういうことなんだ」と思う人もいたでしょうが、やはり「先に殉じていった父や兄と同じく、俺も俺を育ててくれた国を、母を守ろう。父や兄の仇を」と思った人もいたことでしょう


その決意を胸に死ぬ覚悟をした者に、あなたは「あなたの考えは可哀そうで間違っている。軍に加担した人殺し」と言うのですか?






そして、ここまで書いてきた鼎は謝罪しなければなりません。出陣学徒の方々に対して。彼らの顔を見てごらんなさい



とても、鼎と同年代とは思えない、精悍でビシッと締まった顔をしています。大人の顔です。対し、ぬるま湯に浸かって国に報じることもせずにのうのうと生きてきた鼎は締まりのない、ヘラヘラと気持ち悪い顔です



そんな情けない顔の鼎がどうして、同じように情けない面の連中に対し「あの方々を見習え」と言えるでしょうか



まずは自分を大人にすることから始めなければならない。事実関係もわからず、事実から目を背けて無責任な左巻発言を繰り返し、戦争の謝罪を云々とか右傾化反対云々言っている自治会の阿呆は、出陣学徒諸兄のような『大人の顔』になってから啓発をしてはどうでしょうか



情けない顔の奴が声を上げたところで、所詮は『子供の駄々』にしか過ぎないのですから……



それが出来ないのならば、あなたがたにはかつての日本を批判する資格はない










ちなみに出陣学徒代表として答辞を読み上げた学生が鹿児島は鹿屋体育大初代学長と知ってかなりびびった鼎でした
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